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釧路地方裁判所 昭和56年(ワ)87号 判決

原告

佐藤兼太郎

被告

有限会社中村運輸

主文

一  被告らは原告に対し、各自金四五七万五、二五六円及び内金四〇七万五、二五六円に対する昭和五四年六月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は三分し、その一を原告、その二を被告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

(一)  被告らは原告に対し、各自金九七二万〇、〇九六円及び内金八九五万二、〇九六円に対する昭和五四年六月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告らの負担とする。

(三)  仮執行宣言申立

二  被告両名

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

(一)  事故の発生

原告は、昭和五四年六月一〇日午前八時四〇分ころ、普通貨物自動車(釧四四、そ一〇〇八号)を運転し、釧路から厚岸に向つて進行中、厚岸町大字苫多村字尾幌番外地キロホスト二三、一(通称深山)にさしかかつた際、被告会社所有、被告梅田運転の大型貨物自動車(釧一一あ一一三二号)が折から原告車に対向して走行してきた先行車(後記小松車)を追越すため原告車進路に侵入して進行し、被告車との衝突の危険を避けて道路左側帯に避けた原告車と先行車との間をくぐり抜けて追越を完了したが、原告車は右急避譲の際ハンドル操作を誤り小松雄治運転の大型貨物自動車(釧一一さ三二四〇号)に衝突した。

(二)  被告らの責任

被告会社は、本件加害車両の所有者で、自己のため運行の用に供していたもので自賠法第三条により、被告梅田は、本件現場はゆるい登り坂で右にカーブしている道路であるから追越に際しては対向車の存在、ならびにその動向を的確に把握し、対向車に危険を及さない速度と方法でその追越を完了しなければならない注意義務があるのにこれを怠り、慢然追越行為に着手し、対向車線に自車を進行させた過失により原告に避譲を余儀なくさせ、その際原告に運転操作を誤らしめたものであつて民法第七〇九条により、それぞれ本件損害賠償の義務を負うものである。

(三)  原告の損害

原告は右事故により入院四カ月、通院一七カ月を要する左脛骨々折、左第二手骨近位部骨折、左第五肋骨々折、右拇指伸筋腱部分断裂の傷害を受け、次の損害を蒙つた。

1 治療費 金三二万六、〇九六円也

ただし釧路労災病院支払分である。

2 付添費 金三五万七、〇〇〇円也

ただし入院一一九日分の家族の付添費で、一日金三、〇〇〇円の割合による。

3 入院雑費 金一一万九、〇〇〇円也

右入院期間中の雑費で、一日金一、〇〇〇円の割合による。

4 休業損 金七三五万円也

ただし右事故の日より治癒の認定を受けた昭和五六年四月三日までの休業損で、一月金三五万円、二一月分である。なお原告は有限会社佐藤鉄工製作所の代表取締役で、同社から受ける給与は一月金三五万円であつた。

5 慰藉料 金二〇〇万円也

本件の事故の態様、原告の傷害の程度、被告運転手ならびに会社の原告に対する現在までの慰藉の程度を総合して考えると、本件慰藉料は金二〇〇万円が相当である。

6 弁護料 金七六万八、〇〇〇円也

本件損害賠償につき、原告は原告代理人に一切の処理を委任し、原告代理人に釧路弁護士会で定める報酬規程により弁護報酬を支払う旨の合意をした。よつて本件は原告の前記損害から自賠責より受領した金員を差引き、右を訴訟物とすると金八九五万二、〇九六円となる。右金員についての弁護報酬は謝金については算定できないが、その手数料は金七六万八、〇〇〇円である。

(四)  よつて右損害金合計一〇九二万〇、〇九六円から自賠責保険金一二〇万円を控除した残額金九七二万〇、〇九六円及び右金員から弁護料を除いた金八九五万二、〇九六円に対する本件事故の日である昭和五四年六月一〇日から支払ずみまで民法所定年五分の遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

(一)  請求原因(一)の事実中「被告車が、原告車と先行車との間をくぐり抜けた」とある点は否認し、その余は認める。

本件事故は、厚岸方面より釧路方面に向け進行中の被告車が、その先行車(小松車)を追越すに当り、たまたま時速八〇キロメートルを超えるスピードで反対方向から進行して来た原告車のハンドル操作の誤りにより、原告車が自車の左側を道路縁石付近に衝突させ、更にハンドルを右に切りすぎて、自車を小松車に衝突せしめて発生したものであり、原告の一方的過失によるものである。

(二)  同(二)の事実中「注意義務を怠り、慢然追越行為に着手した過失により原告に避譲を余儀なくさせ」たとある点を否認し、その余は認める。

(三)  同(三)の事実中原告の傷害の部位、程度は不知。その余の事実は争う。

(四)  原告が自賠責保険金一二〇万円を受領したことは認め、その余は争う。

三  被告両名の抗弁

本件事故発生については原告側にも過失(スピード違反、ハンドル操作の誤り等)がある。

四  抗弁に対する認否

否認する。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因(一)の事実は、「被告車が、原告車と先行車との間をくぐり抜けたこと」を除き、当事者間に争いがない。そこで以下本件事故の態様ならびに発生原因について検討する。

成立に争いのない甲第一ないし第六号証、第八ないし第一一号証、第一四ないし第一九号証、証人小松雄治の証言及び原告本人尋問の結果を総合すると、次の事実を認めることができる。

本件事故現場は、東は根室市、西は釧路市方面に通じる幅員九メートルの国道四四号線の厚岸郡厚岸町大字苫多村字尾幌番外地キロポスト二三、一の地点であること、現場付近は根室方面から釧路方面に向つて約三パーセントの登り坂、半径約二〇〇メートルの右カーブとなつており、現場付近の道路規制は、釧路方向から根室方向への車線が追越し禁止であるが、逆方向の車線は規制がないこと、被告梅田忠幸は、昭和五四年六月一〇日午前八時四〇分ころ、大型貨物自動車(以下被告車という。)を運転し、右道路を根室方向から釧路方向に向け、時速約六〇キロメートルで進行して本件事故現場手前にさしかかり、同方向に向けて時速約三〇キロメートルで進行していた訴外小松雄治運転の大型貨物自動車(以下小松車という。)に追いついたこと、被告梅田は、小松車が道路左側に寄つたため、同車後方約一〇メートルの地点から追越しを始めて対向車線上を進行させ、同車の右斜め前方まで進んだ際、約六二・五メートル前方に原告運転の普通貨物自動車(以下原告車という。)が対向進行して来るのを発見し、衝突の危険を感じて急いで左にハンドルを切つて元の車線に戻つたが、その際約三〇センチメートルないし一メートルの間隔で原告車とすれ違つたこと、被告梅田は本件事故に気付かずそのまま釧路方向へ走行させたこと、他方原告車は、釧路方面から根室方面に向け、時速約六〇キロメートルで進行して本件事故現場手前にさしかかつたこと、原告は衝突地点手前約五六メートルの位置において、約七八メートル前方で既に追越しを始め、小松車と併進していた被告車を発見したが、そのままのスピードで自車を走行させ、衝突地点手前約四一メートルの位置において被告車と衝突の危険を感じ、ブレーキをかけると共にハンドルを左に切つた際、自車の左前輪を道路縁石に乗り上げてしまつたため右にハンドルを切つたところ、ハンドルを取られ、自車を反対車線に進入させてしまい、対向して来た小松車と衝突させたこと、以上の事実が認められ、右認定に反する被告梅田忠幸本人尋問の結果はにわかに採用できず、他に右認定に反する証拠はない。

右認定の事実によれば、本件事故は、被告車が先行の小松車を追越す際、原告車進路に侵入して進行し、原告車の進路を妨害したことが一因をなしているものと判断される(原告の運転行為も本件事故の一因をなしていることについては、後記認定のとおりである。)。

二  請求原因(二)の事実中、被告会社が本件加害車両の所有者で、自己のため運行の用に供していたことは当事者間に争いがない。

次に被告梅田の責任について検討すると、前掲各証拠によれば、被告梅田は本件事故現場手前で小松車を追越そうとしたのであるから、このような場合自動車運転者としては対向車に危険を及ぼさない方法で安全に追越を行なうため、対向車の存在並びにその動向を十分に把握して事故を未然に防止すべき注意義務があるのにこれを怠り、小松車の動向にのみ気をとられ慢然と追越を継続した過失により、原告車の発見が遅れ、約六二・五メートル前方の原告車を発見して急いでハンドルを左に切り、追越を完了したものの、原告車に道路左側へ避譲を余儀なくさせ、本件事故を発生させたものであることが認められ、右認定に反する被告梅田忠幸本人尋問の結果は措信できず、他に右認定に反する証拠はない。

従つて被告会社は自賠法第三条により、被告梅田は民法第七〇九条により、原告が本件事故により蒙つた損害につき連帯して賠償する責任がある。

三  以下、請求原因(三)の損害について検討する。

成立に争いのない甲第一二、第一三号証及び甲第二〇、第二一号証、原告本人尋問の結果によれば、原告は本件事故により左脛骨々折、左第二中手骨々折、左第五肋骨々折、右長拇指伸筋腱部分断裂の傷害を受け、これにより事故当日の昭和五四年六月一〇日厚岸郡厚岸町の町立厚岸病院で治療を受け、翌日から同年一〇月六日まで釧路労災病院において入院治療を受け(入院合計一一九日)、以後同病院において通院治療を受けたが昭和五六年四月三日治癒したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

(一)  治療費(金三二万六、〇九六円)

成立に争いのない甲第二三号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、右釧路労災病院に対し、治療費として金三二万六、〇九六円を支払つた事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

(二)  付添費(是認額金二六万七、〇〇〇円)

原告本人尋問の結果によれば、原告が入院治療を受けた際、入院約二か月間は毎日、その後退院までは二日に一日の割合で合計八九日間原告の妻が付添看護を行なつた事実が認められ、一日当りの付添費は三、〇〇〇円とみるべきであるから、付添費総額は三、〇〇〇円に八九を乗じた金二六万七、〇〇〇円となる。右以上の付添費を認めるに足りる証拠はない。

(三)  入院雑費(是認額金八万三、三〇〇円)

原告が合計一一九日間入院治療を受けたことは前記認定のとおりであり、一日当りの入院雑費は七〇〇円とみるべきであるから、入院雑費総額は七〇〇円に一一九を乗じた金八万三、三〇〇円となる。

(四)  休業損害(是認額金三一八万五、〇〇〇円)

原告本人尋問の結果によれば、原告は有限会社佐藤鉄工製作所の代表取締役であり、昭和五三年四月以降事故当時まで月額金三五万円の給与を得ていたこと、本件事故による入院期間中の四か月間は全く就労できなかつたこと、そのため右会社から給与の支払を受けられず、月三五万円の割合で借入れを受けていたことが認められ、右認定に反する証拠はない。右事実に弁論の全趣旨を総合すれば、原告は退院後治癒までの一七か月間徐々に労働能力を回復し、この間を平均すると少くとも事故前の三〇パーセントの労働能力の喪失があつたものと推認される。そうすると原告は三五万円に四を乗じた金額と三五万円の三割に一七を乗じた金額の合計金三一八万五、〇〇〇円の得べかりし収入を失ない、同額の損害を受けたことになる。右以上の休業損害を認めるに足りる証拠はない。

(五)  慰藉料(金二〇〇万円)

原告の前記負傷による慰藉料の額は、負傷の内容、入通院期間等を総合考慮すると金二〇〇万円が相当である。

(六)  弁護料(是認額金五〇万円)

原告本人尋問の結果によれば、原告が原告訴訟代理人に訴訟委任をしたことが認められるところ、本件事案の性質、審理の経過、請求認容額などを考慮すると、原告の弁護士費用の損害として金五〇万円を被告らに負担させるのが相当である。

四  過失相殺の主張について

前掲甲第四号証、第一一号証、第一四号証、原告本人尋問の結果によれば、原告は、時速約六〇キロメートルの速度で本件事故現場手前にさしかかつた際、約七八メートル前方に既に追い越しを始めていた被告車を発見したものの、被告車が進路前方を譲つてくれるものと軽信し、そのままのスピードで進行し、被告車との距離が約四九メートルとなつた地点で初めて衝突の危険を感じ、ブレーキをかけつつハンドルを左に切つたため自車の左前輪を道路左側縁石に乗り上げてしまい、自車が側溝に落ちそうになつたため更にハンドルを右に切つたところ、ハンドルを取られ、自車を反対車線に進入させてしまい対向して来た小松車に自車を衝突させたことが認められ、右認定に反する証拠はない。そうだとすると、原告が追越中の被告車を発見した際、被告車との危険なすれ違いを避けるために遅滞なくスピードを落す等の措置を講じていれば、本件事故発生は避けられたものと推認され、従つて原告の右過失も軽度ではあるが、本件事故発生の一因をなしているものと認めることができる。そして前記一認定にかかる被告梅田の過失と原告の過失との割合は、前記認定の諸事情を総合すると被告梅田九、原告一とみるのが相当である。(なお原告が被告車との衝突の危険を感じてなした避譲措置は、被告車との衝突を避けるため、あるいは自車が側溝に落ちるのを避けるため、瞬時にやむを得ず行なつた緊急避難行為と判断され、この点について原告に過失があつたものと認めることはできない。)

五  以上の次第であるから、原告の被告両名に対する本訴請求は前記三の(一)ないし(五)の是認損害額合計金五八六万一、三九六円の九割である金五二七万五、二五六円から受領済である金一二〇万円を控除した金四〇七万五、二五六円に弁護士費用金五〇万円を加えた金四五七万五、二五六円及び内金四〇七万五、二五六円に対する本件事故の日である昭和五四年六月一〇日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める範囲において理由があるからこれを認容し、その余の請求は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条本文を、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小磯武男)

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